小学生サッカー育成ガチ編【番外編】:「自主練しない息子」が“自主練でスパイクを1ヶ月で破壊する男”に変わった日。
こんにちは!
地味な反復練習がなかなか続かないお子さんの姿を見て、
と、焦りや不満を感じてしまった経験、ありませんか?
我が家の長男も、まさにそうでした。
ジュニア時代、黙々とこなすような、いわゆる「自主練」が本当に苦手で、続かない。
しかし、そんな彼が、高校生になったある日。
寮生活を送る彼から、一本の連絡が入ったんです。
「スパイクが壊れたから、新しいの送ってくれる?」と。
「え?この前送ったばかりじゃないか!」と写真を見てみると、
なんと、あの3万円以上もしたトップモデルのスパイクが、無残な姿に…。
わずか1ヶ月未満で限界突破。
そのメーカー名に敬意を表し(?)、「早すぎるアディオス」と命名した瞬間でしたw
「まじか…高かったのに…。3万が消耗品レベルですやん…」
「ん?待てよ…なんで、そんなにすぐ壊れたんだ?」
「じ…自主練、してるのか?」
そう、あの地味な練習が続かなかった長男が、高校生になった今、親の目がない寮生活の中で、自ら課題を見つけ、自分でメニューを考え、スパイクを1ヶ月で履き潰すほど、自主練に打ち込んでいたのです!
この衝撃的な事実に、私は打ち震えました。
一体、何が彼を変えたのか?
今日は、その秘密を、我が家の失敗談も正直にご紹介しながら、逆算して考えてみたいと思います。
それではどうぞ!

「自主練しない息子」最初の失敗~「宿題」にした自主練…

長男がサッカーを始めたての小学生低学年くらいの頃。
周りの上手い子たちとのレベルの差は歴然でした。
(サッカーエリートたちの中に入ってしまった記事はこちら)
「このままじゃ、サッカーが嫌いになってしまうかも…」という親の焦り。

そして何より、「パパ、ぼくサッカーやりたい」と自分から言ってくれた、
あの時の彼の気持ちに応えてあげたいという想い。(長男がサッカーを始めた記事はこちら)
そこで私は、良かれと思って「自主練メニュー」を考え、
彼に「宿題」のように課してしまっていた時期がありました。
(宿題のようにやらせてしまった時の記事はこちら)

結果は…
ご想像通り、全く続きませんでした。

サッカーが、いつしか「楽しい遊び」から「やらされる勉強」に変わってしまったのです。
そもそも自主練とは、主体的に行うもので、人にやらされるものではありません。アタリマエ
決意の日~「教える親」をやめ、「一緒に戦う兄」になる~

「これじゃダメだ!」
「上から教える“エセ指導者”になるのはやめよう。彼の“一番の味方”であり、時には“ライバル”にもなる、一緒に切磋琢磨する“兄のような存在”になろう!」と。

「長男は、次男と違って上を見て学ぶことが出来ない」ということも考慮しての決断でした。
(長男の兄になる決心をした記事はこちら)
私自身も、”長男の兄”になるためフットサルを再開。
再び「プレーヤー」に戻った私は、長男との関係性を変えていきました。
(長男の兄になるために特訓した記事はこちら)
上から目線のアドバイスではなく、同じ目線での「競争」を仕掛ける。
教えるのではなく、一緒に悩み、一緒に楽しむ。
この役割のシフトが、私たちの最初のターニングポイントでした。

「自信」という名のガソリンを注ぐ!“わざと負ける”親のプライド
こうして、一緒に切磋琢磨し、練習するようになったの、
あくまで私の目標は「自信を付けてあげること」。

プレーヤーとして得た経験値から、
この様な練習を勝負をしながら行いました。もちろん、大人の私が本気を出せば、まだまだ負けません(笑)。

でも、そこはグッと我慢。
あえてギリギリのところで負けてあげる。(子供に本気を出させて、絶妙なところで負けてあげる事を紹介した記事はこちら)
そうやって、彼が「できた!」という成功体験を積み重ねられるように、
彼の自尊心というガソリンタンクを、全力で満タンにしてあげることに集中しました。
すると、どうでしょう。
小さな成功体験が、彼のプレーを明らかに変えていきました。
周りの上手い子たちにも、物怖じせずに仕掛けるようになり、周りの保護者からも「最近、別人みたいだね」と認められ始めたのです。
「失敗」を「実験」に変える!最強の“安全基地”という関わり方
その後、移籍して中心選手になり、自信がつき始めた頃。
私は、彼と一つの「約束」をしました。
それは、
「試合で『これやったらどうなるんだろう』と閃いたことは、絶対に試すこと。失敗なんて一切気にしない」というものです。(詳細はこちらの記事をお読みください。)

試合で試して、たとえそれが失敗に終わり、コーチに注意されたとしても、
家に帰ってきたら、私は絶対にその「挑戦」を認め、褒めちぎると決めました。
チームの結果や、目先の勝敗には、正直あまり興味がありませんでした。
それよりも、彼が「失敗を恐れずに、自分のひらめきを信じて挑戦できる」という、最強のメンタルを手に入れることの方が、何百倍も大切だと思っていたからです。
親である私が、彼にとっての「最強の安全基地(セーフティベース)」になる。
どれだけ失敗しても、どれだけ怒られても、「パパは、俺の挑戦を絶対に笑わないし、認めてくれる」という安心感を与えられるように心がけてきました。

「自主練しない息子」に、ついに起きた「化学反応」~自分で自分を育てる力~
この「安全基地」を手に入れた長男に対して、私はさらに以下の様なポジティブ実験をしてみたのです。
「今日の試合、調子悪かった…」
そんな反省の言葉に、私は「ポジティブ変換」で返すというもの。
良くも悪くも、彼の100%の味方であり続けることを徹底しました。
(ポジティブ変換の詳細はこちらの記事からお読みいただけます)

すると、いつしか彼は、私が何もしなくても、自分で自分をポジティブに変換できるようになっていたんです。

その結果、なんと、自主練が苦手だった長男が、こんなことを言う様になったのです。

と、チーム活動外でも、自ら「実験(=自主練)」を繰り返すようになっていったのです。
そして、極めつけはジュニアユース時代。
厳しい強豪チームに入団し、Bチームに落ちてしまった時。
親の私が「大丈夫だろうか…」とハラハラしていると、彼はケロッとした顔でこう言いました。

「Bチームの方が、パス回ってくるから楽しいわ(笑)。俺が入って、Aチーム倒す」
ああ、もう大丈夫だ。
彼は、親や指導者が教えなくても、自分で自分の機嫌を取り、自分で目標を見つけ、自分で課題を克服していく「力」を身につけている。
そう確信した瞬間でした。
- 少しの自信が向上心を生み、
- 向上心が探求心を育て、
- 探求心が「挑戦してみよう」という気持ちを引き出す。
そして、恐れずに挑戦できる環境を整えてあげることで、
子どもは自然と自主練に向かうようになるのではないでしょうか。
【ボクサカ“安全基地”コラム】親のサポートに「プロの承認」という最強のブーストを!

ここまで、私が長男の「安全基地」になることで、彼が自ら「挑戦(=自主練)」を始めた、という物語をお話ししてきました。
親が子供の挑戦を「全肯定」してあげること。それが、自信という名のガソリンになる。
これは、私の確信です。
でも、この記事を読んでくださっている親御さんの中には、
なんて、新たな壁にぶつかっている方もいらっしゃるかもしれません。
その気持ち、よく分かります!親が「安全基地」になるのは大前提。
でも、そこに「第三者のプロからの、的確なアドバイスと承認」が加わったら…
お子さんの成長は、もっと爆発するかもしれません。
そんな、私たち親の「あったらいいな」を叶えてくれる場所が、あのドリブル動画で有名な
「ぱんだ兄弟」さんと、「とがりコーチ」が、そのノウハウの全てを注ぎ込んで運営している、オンラインサッカースクールです!

私が感動したのは、非公開のグループで、お子さんの練習動画をコーチ本人が見てくれて、直接アドバイスや「いいね!」をくれるという点。
親の100回の「上手い!」より、憧れのコーチからの1回の「今のプレー、最高じゃん!」の方が、子供の心には響きますよね(笑)。
これぞ、まさに「最強の安全基地の拡張版」!
「地味な練習が続かない」お子さんでも、「パンダ兄弟さん」やプロ選手にも指導経験がある「とがりこーち」褒めてもらえる、全国の仲間と繋がれる「楽しさ」があれば、きっと目の色が変わるはず。
ちなみに、私が実際にスクール体験した記事も書いています。
(ボクサカの「ぱんだ兄弟オンラインスクール」潜入体験記はこちら!)
もし、「うちの子の“内なる炎”に、プロの力で火をつけたい!」と感じたら、まずはどんなスクールなのか、詳細を覗いてみてはいかがでしょうか。
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まとめ:自主練と自信とメンタルは、全て繋がっている
そして、冒頭の「早すぎるアディオス」事件に戻ります。
あのボロボロのスパイクは、彼が誰に言われるでもなく、「自主練」という名の「自分自身との対話」を、どれだけ積み重ねてきたかの証でした。
なぜ、あれほど自主練が苦手だった長男が、変わったのか?
それは、私たちが親子で歩んできた、あの時間の中に答えがありました。
自主練とは、技術を磨く時間であると同時に、「自信」と「メンタル」を育てる時間でもありますよね。
そして、その土台には、「失敗しても大丈夫」と心から思える「安全基地」が不可欠なのではないでしょうか。
リフティングが続かなくても、いいじゃないですか。大切なのは、回数ではなく、
親が「指導者」ではなく「最高のサポーター(安全基地)」になりきること。
子供の小さな「挑戦」や「ひらめき」を、全力で承認し、一緒に楽しんであげること。
それこそが、子供の内なる炎に火をつけ、いつか自ら走り出す、最強の原動力になるのだと、私はあのボロボロのスパイクに教えられました。
あの時、嘆いた3万円。しかし、今思えば、それは息子が「自ら考え走る」という、お金では買えない最高の財産を手に入れた、最も価値ある「気付き」だったのかもしれませんね。
